諏訪神社下社御柱祭(2016/4/7〜4/8)


7年に一度 寅と申の年に諏訪大社上社、下社の御柱祭が行われる。
いつから行われているか はっきりした資料はないが記録には「平安初期、寅・申の干支に当社造営あり」と書かれているのが最初の記録だそうだ。
ポスターには1200年以上の歴史を持つと書かれている。
御柱祭は 上社、下社と日時を分けて行われる。
上社は本宮・前宮、下社は春宮・秋宮と4社あり それぞれの神社に4本の御柱が奉納されていて 7年に一度それぞれ4本の御柱が建て替えられる。
  下社 4月・・・●山だし・・棚木場→斧立社→萩倉大曲→木落とし→注連掛(しめかけ)  
      5月・・・●里曳・・・注連掛→春宮木落とし→冠落とし→建御柱  
それぞれの柱が建御柱で神になって御柱祭は終わるのだ。

 7日
大雨、嵐の中 バスで上社本宮間で行く。
東参道から入ると 長い回廊が続き神楽殿そばに降り 正面から一之御柱を見つつ塀重門から宝物殿に参ることになる。
残念ながら拝殿は門が閉まっていて外からしか見ることができず 三之御柱と四之御柱も奥にあって見ることができなかった。

バスの本数が少ないため 前宮まで歩くことにする。
前宮はすぐ隣に民家があって 思ったより小さく御柱も4本 すぐそばで見ることができた。
すぐ横には小さな清流が流れている。

茅野駅まで バスの時間が合わずとりあえず歩くことにした。
宮川沿いに歩いていると 上社御柱祭の川越の場所を通った。
木落としの後 雪解け水の冷たい宮川の水をくぐり清められて 里曳まで御柱屋敷に安置される。
横を見ると その御柱屋敷が堤防を越えたところだったので 歩いたおかげで出会うことができた。


上社 本宮と一之御柱 本宮 回廊   神楽殿 勅願殿  上社前宮 
上社前宮 一之御柱と本殿 前宮脇を流れる清流  宮川の川越場所  御柱屋敷  旅館おくむら 

 8日
旅館の人から 木落とし会場までは徒歩のほうが絶対良いと聞き 約1時間歩くことにし8時半前に出発した。
今年から車の乗り入れは一切禁止、道路に入れるのはチケットを買った人のみに制限されたため 道路もほとんど混むことはなかった。
チケットを持っている人は 印であるタオル(8日は赤)を首に巻き passを首から下げて解るようになっている。
シャトルバスは出ているが交通規制のため遠回りしたうえバスを降りても20分ほど歩かなくてはいけないという(今年初めて、しかも初日で予想できないとのこと)。
心配していた坂も緩やかで快調!
道端でおんべ(棒の先に房の付いたもので御柱祭ではこれを振って気勢をあげるもの)を売っていて、本物の房は木をカンナで薄く削ったものでできているそうだ。
やがて会場到着、手荷物検査後  私はA-04エリア(河川敷にシートが貼られていてエリアごとに区切られている)に座る。
旅館から頂いた クッション性のある敷物がありがたかった。
ステージでは踊り、鏡開き、保存会による木遣り、宮内庁の雅楽の演奏などが木落としまでの時間をつないでいる。
一回目の木落としは13時予定で 結構時間があり ステージを楽しみながら食べるしかない。
旅館で急きょ予約した「万治くん寿司」(岡本太郎氏が絶賛した万治の石仏の飾り寿司、手作りで一つ一つ作っている)やお菓子を食べながら待つ。
山曳が早く進んでいるとのことで 木落としが30分ほど早まった。
一本目は春宮四之御柱、二本目は春宮三之御柱、それぞれ担当地区が決まっているようだ。
時間的に見れなかった三本目は秋宮二之御柱だ。
坂上に御柱が到着し曳綱が坂からおりて体制を整え、木遣りで気勢を上げ大きなおんべが盛り上げる。
坂にいる氏子たちが一斉に綱を引くと 御柱に乗った氏子と共に一気に坂を下リ落ちる。
その後 坂下の御柱は 里曳までの安置場所である注連掛まで氏子たちに曳かれて行く。

御柱祭
チケットとタオル 木の皮を削ったおんべ 木遣り保存会 雅楽の演奏 桟敷席
清め塩 一本目 木落とし直前 一本目木落とし 二本目 木落とし直前 二本目 木落とし
山出し 山出し 曳く小道具 氏子総出で山出し 注連掛(安置)

諏訪大社上社 春宮・秋宮
諏訪大社下社 春宮 春宮 幣拝殿と二之御柱 建御柱の際の木落とし場 諏訪大社下社 秋宮 秋宮 幣拝殿

グルメ

旅館晩御飯桜鍋 旅館朝ごはん お弁当 万治くん寿司 御柱祭弁当 一段目 御柱祭弁当 二段目

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